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花田優一 金スマで中居正広の靴を作る [テレビ番組]

花田優一さん21歳 
父は貴乃花親方、母は元フジテレビのアナウンサー河野景子さん

イケメン、靴職人として、
21歳であの落ち着きで今の若者とはかけ離れていることでも
話題になっていて

とうとう、金スマの気になる人でゲスト出演しました。
そして、中居正広さんの靴を作りました。

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小さいころ、父から
「他の世界で横綱になれ」と言われたそう。
力士になることは望んでいなかったようです。

生きるか死ぬかの世界で闘っている父をみて育った優一さん
普通の家庭とは全く違う環境です。

気軽に父に話しかけることもできなくて
いつも緊張して、ピリピリした生活だったと言います。

7歳の時に父が現役を引退している。

自分の道を早く決めなければと焦っていた。
祖父も父も15歳で角界入りしている。

職人になることは決まっていたけれど、
何になるかは決まらず。
父に
「夢を見つけた時より、見つける前の方が大変なんだ」と
言われて、とりあえず動いてみようと

15歳で単身アメリカに行きを決め、単身留学をした。
そこで感じたのは日本人の心、
そして、ここでもお手本になるのは父の貴乃花の姿。

そして、机作りと靴職人ののどちらかを選びかねているときに
父の言葉を思い出す。
「迷ったときは苦しい方へいけ」

そして、靴職人になると決め17歳でイタリアへ

ストイックになりすぎで食事もせずに靴を作り20㎏も痩せてしまった
一年に一度、お正月に日本に帰ってその姿を
やせ細っていく息子を見て母はとても辛かったでしょうね。

でも父、貴乃花は
「何しに帰って来たんだ、お前に帰る場所はない!」

イタリアへ戻る飛行機の中が一番辛かったそう
でも母はお弁当を作ってくれて
そこには
「パパはああいったけど、いつでも帰ってきなさい」とメモが
嗚咽するほど、一目もはばからず泣いたそうです。

帰りたくなさそうな顔をしていたので
父は喝を入れてくれたんだろうと後で思ったそう。

友達を作るのを辞めて、どんどん、孤独になっていったそう
そして、2年間の修行を続けることになりました。

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そしていよいよ、中居正広さんの靴づくりへ密着

金スマのユニホームに合う靴というオーダー。

でも、花田優一さんは普段でも履ける靴を作りたいと思ったそう
何か所も採寸して
足を触って、その人の特徴を知り、筋肉や生活を感じ

デザインを決めて、皮を決めて。。

中居くんに選んだのは赤のオイリーな皮。
足首も計っているいるので、当たらずに
とにかく履き心地がいいいと
中居正広さんは感動していました。

今や1年半待ちの売れっ子靴職人になりました。
でも、彼は満足することなく精進していくのでしょうね。

そして、職人を極めたい彼はメデアに出ることをあまり望んではいなかった。
でも、ある人に言われたそう。
「君にはそれをする使命があるのでは?」と
職人のすばらしさ、手作りの靴の素晴らしさを。
そう思って、いろいろな番組に出演しているのですね。

「本職を頑張りたいと思います」
というのセリフはそんな思いがこもっているんですね。


父に靴を作るということはまだできていないそうです。
貴乃花さんも息子には照れくさいんでしょうか。。
それともただのあまのじゃく?

素直に喜んで、作ってもらえばいいのにねぇ。
それはいつになるか、ちょっとそれも楽しみですね。


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